12月末。映画「パターソン」を日田市のリベルテで鑑賞。
ニューヨーク郊外、ニュージャージー州のパターソンに住む、パターソンという名前のバスの運転主をしている男性のありふれた日常の話です。彼は美しくチャーミングで独創的な妻ローラと暮らし、日々感じたことを詩にしたためるのが楽しみという、口数の少なく心優しい人です。
テヘラン出身のゴルシフテ・ファラハニ演じる妻ローラがとにかく魅力的で、ローラの思いつきのちょっと突飛な料理をまずいとも言わず食べる主人公演じるアダム・ドライバーの、奇妙にゆがんだ表情が愉快だったのが、この映画の一番の印象でした。
2月。生まれ育った茨城に2週間ほどの滞在。
30年近く住んだというにもかかわらず茨城は私にとって不思議と水の合わない土地で、最後の方はいろいろと体調を崩したこともあり、あまり良い思い出のないところでした。けれど育った家のまわりをたっぷりと歩いてみたり、思い出のある土地に行ってみたりしたら、自分のつちかった感覚はすべて茨城にあったのだなあと実感しました。
2月の下旬。いつもの書店で長田弘著『なつかしい時間』を購入。
詩人の長田弘が時事公論で話したことまとめた51篇からなる本です。
"風景のなかで感じ、思い、考えるということが、私たちの日々の生き方の姿勢をつくっています。風景のなかに自覚的に自分を置いてみる。すると、さまざまなものがよく見えてくる、あるいは違って見えてくる"
二番目の「大切な風景」に出てくる一節です。この文章に象徴されるように、この本では主に日々や世界をどう捉えるかということについてが語られています。それは詩人的としか言いようのない姿勢です。
この本に書かれていることを実践する形で日々を過ごしてみると、世界の手触りが確実に変わりました。木々や花々、小さな生き物たち、鳥、青空、風。自然がより身近になったというか、日々がより鮮明になったというか。風景から得る喜びが格段に増えたのです。
そしてこの感覚には覚えがあります。それは茨城で育った幼いころ、季節の移ろいや天候の変化が自分の世界の大半だったころに味わっていたものです。30年経ち、しかも「うきは」という別の土地でその感覚がよみがえることとなるとは、思ってもみなかったことです。
改めて映画「パターソン」のこと。
映画を観た当時はそんなに深い印象はありませんでした。
ですが、2月の茨城・本との出会いを通してみると、この映画で描かれている主人公パターソンの日常への眼差しや、同じように見える毎日もただの繰り返しではない新鮮な1日だということがていねいに描かれていたように思います。
それは長田弘さんが言っていることにほかなりません。詩人的世界のとらえ方をすると、日常がビビッドになり、そして毎日がより大切なものになるのです。
長田弘著「なつかしい時間」。映画「パターソン」。あわせておすすめです。
0コメント