「文章は読みやすいことが良いことではない。ひっかかりのある文章の方が心に残る」
というようなことをなにかで見かけて、自分の書く文章についていろいろと考えているここ1週間くらいです。
読書体験というよりは文章の原体験、こんな美しい文章が書きたいと一番最初に思ったのは、椋鳩十さんです。小学校の教科書で読んだのがきっかけで、たしか雁の話でその淡々としていながらも美しい自然の描写が素晴らしかったのを記憶しています。
その次が高校時代から浪人時代に出会った三浦哲郎さん。彼の短編集『みちづれ』は今まで一番読んだ本ではないかと思います。物語にひかれたというよりは、その描写が簡潔で美しく、すっと情景が心の中に像を結ぶことにびっくりしたのでした。その短編集のなかでも一番好きだった文章を、何度も手書きで写したこともありました。
そんなことはすっかり記憶の底のことになっていましたが、さきのひっかかりのある文章の方が良いという言葉を見かけて以来、私の目指していた文章の方向性というのはどうだったんだろうという疑問がうかびあがってきたわけです。
たぶん、小説家や詩人、ライターなど文筆にたずさわる人というのは、自分の文体というものを確立する以前に、基礎訓練がしっかりとしていて、あるていどいろいろな文体で書くことができるのではないかと思うのです。
リズムや語感、句読点の打ち方などで、読者の読むスピードの緩急ですらコントロールすることができる、ということも聞いたことがあります。
そんなこと一体どうやったらできるのだろうと、今の私には皆目見当がつかないわけですが、たくさんの文章を読んだり、研究したり、書いたりすることによって、それがいつかはできるようになりたいなあと思うわけです。
今は、自分の内面をすこし晒して書く練習をしているところなので、そちらにはまだ手を出しません、というか出せませんが。
ひっかかりのある文章。うーん、なかなか難しいテーマとなりそうです。
そちらは乞うご期待ということで。ではでは。
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